2007年6月、 スイスの バーゼル。 デザインフェアの 会場で、 マルティーノ・ガンパーが 観客の 前で 工具を 握り、 ジオ・ポンティの 家具を 切り、 組み替えていきました。 素材は、 1960年に ソレントの ホテルの ために デザインされた 家具です。 題は 《If Gio Only Knew (ジオが 知っていたら) 》。 同じ 年の 暮れ、 マイアミの 古い ビルの 最上階は、 吉岡徳仁の 約200万本の 透明な ストローで 埋まりました。 作品を 売るはずの 場所で、 なぜ 名作が 切られ、 部屋が 竜巻に なるのか。 出会いの 場は、 作品を 入れるだけの 器ではありません。
Design Miami — 美術の 隣に 立つ 2005年、 クレイグ・ロビンズと アンブラ・メッダが 始めた Design Miamiは、 美術の 市場が 集まる 週に、 デザインの 場を 置くと いう 発想から 生まれました。 第1回の 舞台は マイアミ・デザイン地区の ムーア・ビル。 最初の デザイナー・オブ・ザ・イヤーに 選ばれた ザハ・ハディドは、 吹き抜けに 白い 彫刻《エラスティカ》を 架けます。 ロビンズは、 商業的な フェアだけでは 足りず、 文化的な 出来事に したかったと 振り 返っています。
ここでの 新しさは、 デザインを 美術と 同じ 語り方で 語れると いう 主張でした。 ハディドの 白い 構造、 吉岡の 竜巻、 ガンパーの 公開制作は、 いずれも 売り場の 外へは み出す 行為です。 2024年の バーゼルでは、 東北の 六つの 工芸と 国際的な デザイナーを 組ませた 「Craft x Tech」が 登場しました。 キュレーションは イタリアの マリア・クリスティーナ・ディデロです。 漆や 鉄器の 産地が、 美術の 見本市の 隣に 並びました。
Craft x Techの東北プロジェクトの展示(2024年)。東北の工芸と海外のデザイナーの協働
フェアの 形も 変わり続けています。 バーゼル版は 2025年に 取りやめと なり、 2023年に 始まった パリ版は、 セーヌ左岸の 邸宅オテル・ド・メゾンを 舞台に 2026年10月に 4回目を 迎えました。 2027年には ドバイでの 開催が 予定されています。
2014年のDesign Miamiの時期に、ギャラリーNWBLKが紹介したトム・ストララの展示の招待状
PAD Paris — 骨董商の 目で 並べる 春の チュイルリー公園に テントが 立ちます。 PADの 創設者パトリック・ ペランは、 四代続く 骨董商の 家に 生まれました。 1998年に 始まった 催しは、 美術や 宝飾まで 幅を 広げたのち、 2023年に 「デザインだけ、 あるいは ほとんど デザインだけ」と いう 原点に 立ち戻ります。 2026年の 第28回には 77の ギャラリーが 集まりました。
この催しの 賞は、 歴史的な デザインと 現代の デザインを 分けて 選びます。 歴史を 切り捨てず、 しかし 混ぜもしない。 骨董の 世界で 培われた、 物を 見比べる 目が 基準です。 ここでの 新しさは、 制作年ではなく、 隣に 何を 置くかで 現れます。
COLLECTIBLE — 21世紀だけと いう 制限 2018年3月、 ブリュッセルの 1930年代の 建物Vanderborghtで 始まった COLLECTIBLEは、 逆の 方針を 取りました。 創設者の Clélie Debehaultと Liv Vaisbergが 決めたのは、 21世紀の 作品だけを 扱う ことです。 出品できるのは 一点物、 受注制作、 限定作品で、 最近つくられた ものに 限られ、 初公開が 歓迎されます。
歴史と いう 後ろ盾を 持たない 作品は、 会場で 自分の 力だけで 立たなければなりません。 ギャラリーの 隣に スタジオや 独立した 作り手が 並び、 毎年違う 作り手が 会場の 構成を 手が けます。 第1回は 美術家Richard Venletが 建物に 手を 入れました。 評価の 定まった 名前を 見に 行く 場ではなく、 まだ 名前の ない ものに 出会う 場です。
ニルファー — 売らずに 持ち続ける フェアが 数日間の 出来事だと すれば、 ギャラリーは 何十年の 単位で 動きます。 ニーナ・ヤシャールが ミラノの ビッリ通りに ニルファーを 開いたのは 1979年で、 最初は 古い 絨毯の 店でした。 1998年、 スウェーデンの 絨毯と スカンディナヴィアの 家具を 組み合わせた 展示で 家具へ 踏み出し、 2007年の ポンティと ガンパーの 展覧会では、 このギャラリーの ためだけの 限定作品を 依頼すると いう 方向を 打ち出します。
2015年に 開かれた ニルファー・ デポは、 もと 銀器の 工場を 建築家マッシミリアーノ・ロカテッリが 三層の 空間に 改めた ものです。 着想は ミラノの スカラ座で、 1,500平方メートルの 舞台に、 時代の 異なる 家具が 登場人物のように 並びます。 ヤシャールは、 異なる 時代の あいだに 調和を 探すと 語っています。
その姿勢を 最も よく 示すのが、 ガンパーの 《100日で 100脚の 椅子》です。 2009年、 ニルファーは 100脚を まとめて 買い取りました。 シリーズは アーカイブに 20年近く 保たれ、 2026年、 全体が ある 国際的な 美術館の 収蔵品に なると 発表されました (館名は 公表されていません)。 ばらばらに 売れば、 100通りの 答えと いう 作品の 意味は 失われていたはずです。 ギャラリーの 仕事には、 作り手を 見つける ことの ほかに、 作品を 分けずに 持ち続けると いう 判断も 含まれます。
四つの 時計 並べてみると、 四つの 場は 異なる 時計で 動いています。 Design Miamiは 美術の 市場の 暦に 合わせ、 PADは 骨董の 長い 時間から 現代を 測り、 COLLECTIBLEは 21世紀より 前の 針を 止め、 ニルファーは 一人の 目が 続くかぎりの 時間で 作品を 抱えています。 同じ 椅子でも、 置かれる 場に よって、 名作の 継承にも、 新しい 才能の 発見にも 見えます。 コレクティブルデザイン を 定義で 言い切るのが 難しいのは、 この評価が いまも複数の 場所で 同時に 書き換えられているからです。
バーゼルで ポンティの 家具を 切っていた ガンパーの 手から、 美術館へ 渡る 100脚の 椅子まで、 およそ20年。 その間、 フェアは 一瞬の 舞台を 用意し、 ギャラリーは 時間を 預かってきました。 次に 会場を 歩く ときは、 作品の 値札より 先に、 それを 選んだ 人の 時計を 見てみたいと 思います。